心不全、敗血症などの重篤なショック状態により血中乳酸値が上昇し、血液が著しく酸性に傾くことで引き起こされる乳酸アシドーシスは、致死率が約50%と高く、早急な対応が求められています。今回、慶應義塾大学医学部の南嶋洋司特任講師、壽原(すはら)朋宏医師(同大大学院医学研究科博士課程)、菱木貴子専任講師、笠原正貴東京歯科大学教授らのグループは、プロリン水酸化酵素PHD2の不活性化により血中乳酸値が低下するメカニズムを発見しました。同研究は乳酸アシドーシスの新たな治療法の開発につながることが期待されます。
PHD2は低酸素応答(利用できる酸素が少ない時の細胞の応答反応)のオンオフを切り替える「細胞内酸素濃度センサー」として機能し、PHD2が不活性化すると低酸素応答が起こります。従来、低酸素応答が活性化すると細胞から血中に乳酸が放出されるとされていました。しかし今回の研究によって、肝細胞における低酸素応答は、乳酸の放出を亢進させるのではなく逆に乳酸の取り込みを活性化させるというこれまでの認識を覆す新事実が証明されました。同研究により、肝臓でPHD2遺伝子を破壊されたマウスで血中乳酸値が低下し、乳酸を腹腔内に投与した場合の生存率が劇的に改善すること、さらに、敗血症を起こしたマウスにPHD2阻害剤を経口投与することで生存率が高まることが確認されました。
同研究成果は、肝臓におけるPHD2を介した低酸素応答を標的とする乳酸アシドーシスのまったく新しい治療法の開発、ひいては敗血症などの重篤な感染症の治療成績改善へとつながることが期待されます。
同研究は、JST戦略的創造研究推進事業の一環として、慶應義塾大学医学部と米国のハワード・ヒューズ医学研究所およびハーバード大学医学部ダナ・ファーバー癌研究所との共同研究で行われました。また同研究成果は、2015年8月31日(米国東部時間)に米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版で公開されています。