運動の発現は「情意・情動→発意→計画→実行」の段階を経て実行されるといわれ、感情と運動は切っても切り離せない関係にある。ヒトは様々な心理的変化が生じる中で最適な運動行動をとり、目標となるパフォーマンスを発揮することが求められる。一般的にネガティブな感情はパフォーマンスを妨げ、ポジティブな感情はパフォーマンスを向上させることは経験的によく知られることである。
例えば、不安や恐怖を感じると身体がこわばり、思い描く理想の動きが出来ず、動作がぎこちなくなることがある。関西医療大学理学療法学科 文野講師と鬼形助教は、先行研究にてこのような現象を神経生理学的に検証してみたところ、ネガティブな感情は運動を司る脊髄運動神経の興奮性が増加することが分かり、感情は運動神経や筋の状態を変化させる可能性が示された(Onigata & Bunno, Somatosensory & Motor Research, 2020)。
今回、文野講師らはこの知見を理学療法に応用できないかと考えた。日常生活において、ボタンの留め外し、箸の使用、硬貨の把持など、母指と示指でのつまみ動作、いわゆるピンチ動作を用いる場面は多い。ピンチ動作を行う際、対象物の形状や大きさ、硬さ、重さに応じて筋収縮を調整する能力が要求される。豆腐など対象物がやわらかい場合、より精細なコントロールが必要となることは言うまでもなく、ピンチ力調整能力の獲得は重要である。そこで、ポジティブな感情が手指の運動機能に与える影響をテーマに検討を行った。
具体的には、介入前後で10秒間どのくらいピンチ力を一定に保持できるかを比較した。介入は、ポジティブな感情を誘発する画像を30秒間観察させた。またコントロールとして、感情を誘発しない画像を30秒間観察させた。結果、ポジティブな感情は、何も感情を誘発させない条件と比較して母指と示指によるつまみ動作の力量調節能力を向上させることが明らかとなった。
理学療法効果を上げるためには、身体のみならず、対象者の感情状態を考慮することが重要である。