名古屋大学の阿部一啓准教授の研究グループは、胃酸の分泌を担う胃プロトンポンプが一度に輸送するイオンの個数決定に成功した。
胃プロトンポンプは、胃の中に「酸」(水素イオン、H+、プロトンとも呼ぶ)を輸送し、胃内部を塩酸と同程度の強酸性(pH1)状態にする。このポンプは細胞内のATPを燃料にしてH+を濃度勾配に逆らって輸送するが、細胞内は中性(pH 7)でH+濃度が低く、細胞外(胃の中)はH+濃度が高い(pH1)。その差は100万倍にもなる。
理論計算上は、胃プロトンポンプは胃内部が弱酸性状態なら一度にH+を2つ運べるが、消化時の胃内部が強酸性だと1つしか運べない。しかし、実際一度にいくつのイオンを運べるのかは、ポンプ発見以来40年間不明だった。
研究グループはヒト由来の培養細胞を利用して胃プロトンポンプを大量発現し、K+結合状態に調整してポンプの3次元結晶を作成後、大型放射光施設でX線回折実験を行った。立体構造の解析によりイオン結合部に結合したK+は1つだった。胃プロトンポンプが同数のH+とK+を対向輸送することは同グループの以前の研究で判明しており、今回、ATP1つから得るエネルギーでH+とK+を各1つ輸送することを初めて発見した。
弱酸性状態でもK+を1つしか運べない「非効率性」の理由は、胃プロトンポンプが強酸性環境でのH+放出に用いるリジンとグルタミン酸のペアによる。リジンのプラス電荷がグルタミン酸結合H+を強引に突き出してH+を酸性胃内部に押し出すが、このペアが結合部で場所を取り、物理的に2つ目のK+が結合不能となっていた。研究グループは、効率よりも強酸性環境創出を優先するこの構造は、進化の淘汰圧により理解できるとしている。
論文情報:【eLife】A single K+-binding site in the crystal structure of the gastric proton pump