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同志社大学 植木朝子 学長 〜良心教育のもとで、大きな変化に対応できる柔軟性を〜 - 大学ジャーナルオンライン

2025年に創立150周年を迎える同志社大学。その長い歴史の中で、初の女性学長(第34代)となられた植木朝子先生。新型コロナウイルス感染拡大という大きな混乱の中で就任された植木先生に、大学とは何か、また同志社大学やご本人のご専門についてお聞きするとともに、高校生へのメッセージをいただいた。

 

大学とは

変化の激流の中で、徳の共同体を基盤にした知の共同体の構築を目指したい

 大学とは知の共同体です。そしてそのミッションは教育・研究を通して社会に貢献することです。中でも、AIの進化に象徴される科学技術の急激な進展によって、世界が変化の激流のただ中にあると捉えられるようになった昨今、既存の枠組が崩れ、価値観が多様化している状況に対応できる柔軟性を持った人物の養成は急務と考えられます。

 そんな折も折、新型コロナウイルスの感染拡大によって事態はさらに複雑さを増しています。科学技術の進化によって、それまで不可能とされていたことでも必ず実現できるようになるという期待感は、これまで可能だったことすら不可能になるという現実の前で勢いを失っています。変化の中にいることに変わりはありませんが、私たちの想像をはるかにこえるような大きなマイナスの変化に直面している今、より一層、柔軟性をもった人物が求められているのです。

 外出自粛という個人の自由を制約するメッセージは同調圧力を生み、従わない者への激しいバッシングや、医療従事者、感染者への差別など、これまで社会が押しこめてきた問題を顕在化させました。科学技術の発達で、オンラインによる授業や会議など、この状況を乗り越える術は持ったものの、一方で、これら倫理の問題が顕在化してきたのです。科学技術が発達すれば幸せな社会を実現できるという、いわば右肩上がりの考え方だけでは乗り切れない事態を前に、そもそも科学技術の発展は人類の抱える課題の多くを克服できるのかという、根源的な疑問を感じる人たちも増えてきていると思います。

 本学は、知・徳・体の三位一体、全人格的教育を掲げる大学です。1875年の設立以来、目指してきたのは徳の共同体を基盤にした知の共同体の構築です。差別や偏見など、倫理の問題がクローズアップされている今こそ、本学の建学の精神である「良心教育」の真価が問われる時だと思っています。

 また、本学が掲げる自由主義は、自らの良心に恥じない行動がとれることを前提としていますが、外出自粛要請など、自由の制限についても議論が高まる中、法律の観点からだけでなく、社会的な責任の観点からも、本当の自由とは何かを考えるいい機会でもあるでしょう。創立者 新島襄の唱える「良心を手腕に運用する人物の育成」を改めて心に刻み、教育・研究、社会貢献に取り組みたいと思っています。

2025年へ向けて、より一層、ダイバーシティの推進を図りたい

 本学にはまた、「人一人ハ大切ナリ」という新島の精神が脈々と受け継がれています。人を個人として大事にするというこの考え方は、多様性を認め、尊重しようという本学の伝統、文化の根底をなすものです。

 このような伝統・文化を継承、発展させるために、「同志社大学ビジョン2025」【コラム参照】においてもダイバーシティのさらなる推進を掲げ、多様な人物が様々な活動を通して共生できるキャンパスの実現を目指しています。従来から障がい学生支援における本学の取組は先駆的と評価され、他大学のモデルともされてきました。これに加えて、グローバル化推進、セクシャルマイノリティへの支援、男女共同参画推進も視野に入れ、来春にはそれらの活動を統括する「ダイバーシティ推進室」の開設も予定しています。

 日本におけるダイバーシティ政策は、2017年3月に経済産業省が作成した「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」に見られるように、経済の持続的成長にとって不可欠という視点からスタートしました。多様な人材の活躍が、少子高齢化の中で、グローバル化し多様化する市場のニーズやリスクへの対応力を高め、ダイバーシティ経営やイノベーション創出につながるというものです。こうした経済的効果から語られる多様性とは、自己の利益や結果を求める利己的なものですが、本当の多様性の尊重とは、誰も否定せず、異なる他者との共存を受け入れる、誰一人傷つけられず否定されない、多様であることが受容されるという利他的なものです。本学はこのようなダイバーシティの視点を持って、全人格教育をさらに充実させ、多様性と寛容に満ちた社会の構築に貢献できる人物を輩出したいと思っています。

 

「同志社大学ビジョン2025」は、同志社創立150周年に向けて、創立者 新島襄が同志社英学校を創立した原点に立ち返りながら、これからの同志社大学が進むべき航路を社会と共有するために示した将来像。以下は、そのもとでの取り組み事例の一部。

●同志社大学EUキャンパス

 2017年度にドイツのテュービンゲン大学内に開設。すでに昨年からは、10名の学生が、「EUキャンパスプログラム」に参加。語学研修のドイツ語だけでなく、テュービンゲン大学の学生との共修授業により、EUについても見識を深めた。今後は、春学期に「ドイツ語・異文化理解」、秋学期に「ヨーロピアンスタディーズ」の2つの「EUキャンパスプログラム」の開講が予定されている。国際シンポジウムの開催や、教員交換など、研究交流も行われている。

●社会連携

①ダイキン工業株式会社との包括協定
 これまでの産学連携は研究分野が中心であったが、本協定においては、両者の連携が研究分野と教育分野の両輪で進むことが特徴。研究分野では、長期的に取り組むムーンショット型と短期的に成果が出る社会実装型といったように多様な形での研究を進めていく。教育分野では、同志社大学の大学院生がダイキンの研究成果を学んだり、ダイキンの海外拠点でグローバルインターンシップを行ったりする一方で、ダイキンの社員が同志社大学でリカレント教育を受けるといったように、双方向で教育活動を行う。

②株式会社大和総研とのデータサイエンス分野での包括協定
 2019年6月に締結。個人対個人の共同研究を組織対組織の協働研究に発展。「Community5.0AIデータサイエンス副専攻プログラム」を2020年度に開設し、大学院教育でも協働。

③文化庁地域文化創生本部との包括協定
 京都という地の利を生かし、文化・芸術面での社会連携も進めていく。2017年に文化庁が初めて公募した大学・研究機関等との共同研究事業に、創造経済研究センターの『文化芸術創造都市に係る評価と今後の在り方に関する研究』が第一号として採択された。2017年12月に締結された包括協定は2020年3月にいったん期限を迎えたが、再度の協定締結に向けて、現在、調整を進めている。創造経済研究センターの取組だけでなく、新たに、文化財の保存と活用を研究テーマに文化庁との連携も進めていく。

 

ご専門は

中世歌謡の豊かさに触れて

 『梁塵秘抄』などの中世の歌謡(旋律にのせて歌う歌)を中心に研究しています。高校時代から国文学科志望ではありましたが、大学入学後に、中世歌謡の豊かさに触れ、研究対象に選びました。

 近代になって作られた「文学史」においては、突出した才能を持つ個人の作品が高く評価される傾向にあり、中学、高校の教科書もまたしかりです。しかし集団によって支えられた文芸の世界も実に豊かな広がりを持っています。『梁塵秘抄』は平安時代末期、後白河法皇によって編纂された歌謡集で、文字を書き記すことのできなかった、相対的に低い階層の人々の喜怒哀楽を伝える歌も多数収録されており、現代の私たちの心にも強く訴えかけるものがあります。

国文学とAI

 ところで国文学は、現在のデジタル化の進む社会からは最も遠い存在と考えられがちですが、AIによるくずし字の解読など、デジタル技術を駆使した文理融合研究も始まっています。専門家を除くとくずし字を正確に判読できる人は稀ですから、翻刻(活字化)されていない古典籍、古文書には、今も読まれない、いわば眠った状態に置かれているものが多い。それらが今、AIを使った新しい手法によって少しずつ解読されようとしているのです。これが進めば、他分野の研究者からのアプローチも増え、そこから、国文学や日本史における新たな発見が生まれるのではないかと期待されています。

 また、現在は文学作品の本文のデータベース化が進み、語彙検索が容易になっています。たとえば和歌を集大成した『国歌大観』がCD-ROM化されたことで、ある歌語についての用例検索が、一瞬でできるようになりました。もちろん気をつけなければならないこともあります。データ化されたことで用例が数値として見られがちになり、本来、誰が詠んだ和歌かによってその一例の重みに違いがあるところを、単純に同じ一例としてフラットに扱われてしまうことがあるのです。

 標準化や検索はデジタルの得意とするところですが、それが結論を真実から遠ざけることもあります。新しい手法は大いに活用すべきですが、オーソドックスな系統立った学問を学んだ上で、総合的に判断することが求められると思っています。

恩師の一言

 研究に関して忘れられない言葉があります。学生時代の恩師の言葉で、「研究を始めたばかりの君たちは、重箱の隅をつつくしかない。井戸掘りにたとえれば、まずは1つの点から地面を掘っていくしかない。地面を掘り進めると、やがてじわりと水が湧いてくる。そこで大切なのが、その水がいかなる流れを作り、どのような川へ合流し、最後にどんな海に注ぎ込んでいくのかを考えることだ。常にその広い海のことを考えながら、重箱の隅をつつきなさい」というものです。
 学問研究の細分化が問題とされるようになって久しいですが、この恩師の言葉は、大きな見通しを持った上でならば、ごく小さな課題でも取り組む意義はあるのだということ、そして、簡単に諦めることなく研究し続けていくことが重要なのだということをあらためて示してくれています。

 

高校生へのメッセージ

文系の学問の存在意義とは?

 以前、大学における文系の学問の存在意義が取り沙汰され、一時は文学部不要論なども唱えられました。文学を研究する者としては、疑問に思う議論も多かったと記憶していますが、この度の新型コロナウイルス感染拡大の事態に限らず、どれだけ科学技術が発達しても、哲学や倫理など文系の学問がカバーする問題はなくなりません。歴史を振り返らなければならない局面も必ず来るでしょう。人が生きるとはどういうことかを突き詰めて考える時には、哲学や倫理学、文学や歴史学などの学問が不可欠となります。東日本大震災の後には、『方丈記』がよく読まれたといいます。天災、人災の経験から人の世のはかなさ、冥利への執着のむなしさを実感した鴨長明が、一丈四方の小庵をむすんで隠棲し書き残したものが、自然の驚異の前で人間の無力さを感じた多くの人の心に響き、その生き方に示唆を与えたのではないでしょうか。

もっと言葉の力を

 近年、AIの進化に注目が集まる中、子どもたちの読解力の低下を指摘する声が上がってきています。数学でも、文章題が解けないのは、文章を数式に置き換える力が弱いということで、結局、読解力、ひいては言葉の力の問題ということになります。また英語も大事ですが、話すべき中身がなければ十分に活用することもできません。内容を構成するのは日本語、国語だからです。

 今の若い人は、Twitterなどで短い文章での発信にはなれていても、長い文章を読んだり、書いたりする経験が少ないようです。仲間内だけでしか通用しない感覚的なコミュニケーションが支配的で、論理性に欠ける表現も目に付きます。高校の高学年、大学生ともなれば、テストやレポートのためだけでなく、仲間内でない他者を納得させるような力のある言葉を使えるようにしたいですから、まとまった文章を読み、また自分でも書く訓練は不可欠だと思います。言葉は文化や歴史を体現するものですから、言葉を理解し、しっかり使いこなしていくことで、それらについての理解も深まります。

 人には生きていく上で、長い時間をかけて考えないといけないことも多々あります。特に社会に出ると、与えられた課題を解くのではなく、課題自体を自分で設定し、他者との関わりの中で解決していかなければならないような機会にも多く出会います。そのような時には、少し手前味噌になりますが、文学作品をじっくり読んだ経験がいきてきます。今回の高等学校の学習指導要領の改訂では、「論理国語」と「文学国語」が分けられましたが、文学作品にも論理はあります。私は文学作品を読むことで、論理性は身につくと考えています。また他者に深く共感し豊かに想像する力も養うことができるでしょう。

できるだけ幅広く学んできてほしい

 近年、知識の詰め込みについては否定的な意見が多いですが、そもそも知識がないと独創性も生まれません。主体性を持って自分の意見を主張できることはもちろん大事ですが、自分の考えを相対化するには、過去の知の積み重ねを把握しておくことが必要です。

 最近は、卒業論文を指導していて、「私はこう思います」と根拠も示さず結論付ける学生が増えてきていることが気になります。感覚が通じる者同士の間では、きちんと言葉で説明しなくても済むことが多いかもしれません。しかし学問の世界では、なぜそう言えるのか、客観的な根拠を示すことがまず必要ですから、先行研究に当たり、知識として蓄えておく必要があります。『源氏物語』研究などは鎌倉時代から始まっていますから、それらについてはひたすら知識として吸収するしかありません。

 こうした作業は決して無駄にはなりません。それは異なる領域の勉強についても言えることです。たとえば、幾何の問題で、いかに補助線を引くかを考えた経験は、数学以外の分野でも役に立ちます。ある一本の補助線を引くことで局面が劇的に変わり、問題の解決につながることは、文学作品の読解においてもしばしばあるからです。自分には関係のない分野だから勉強するのは無駄だと決めつけないで、幅広い知識を吸収してほしいと思います。

 近年、大学では文理融合が進んでいますが、それが進めば進むほど、これまで以上に他分野の知識が必要になります。受験には必要ないからと、早い時期から学ぶ範囲を狭めるべきではないでしょう。高校時代、幅広い学びに自ら進んで取り組むことが、大学での豊かな学びにつながっていくのです。

 

ポストコロナの社会にむけて、同志社77プロジェクトを始動

 「All Doshisha Research Model:新型コロナウイルス感染症に関する緊急研究課題」は、100年に一度と言われるパンデミックをもたらした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の収束と、パンデミック後に訪れるであろう、大きな変革の時代への対応力をあらゆる分野から検討するプロジェクト。「ポストコロナの新しい社会はどうあるべきか」「自由と平等は維持できるのか」「必要とされる技術の開発は可能であろうか」など、総合大学の強みを生かし、様々な専門分野から「、ポストコロナ」を多角的に捉え、集約し、価値ある方向性を含んだ研究成果を、広く社会へ発信しようというもの。学内に研究課題を募り「、健康・医療「」社会・経済「」教育・文化・生活」の3領域9分野(上図)に分類、77の応募課題を認定した。研究成果はシンポジウム等による国内外への発信を計画する。

 

 

同志社大学 学長

植木 朝子先生

1990年3月お茶の水女子大学文教育学部国文学科卒業。1992年3月同大学大学院修士課程人文科学研究科修了。1995年3月同大学院博士課程人間文化研究科単位取得退学。博士(人文科学)。同大学助手などを経て、2005年4月同志社大学文学部国文学科助教授、2007年同教授。2017年から副学長、教育支援機構長を務め、2020年4月から現職。専門は日本中世文学。千葉県立東葛飾高等学校出身。

 

同志社大学

「一国の良心」を受け継ぐ。志を一つにして次代へ向けて邁進

1875年、新島襄によって同志社大学の前身である同志社英学校が創立。「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」を教育理念とする良心教育を実践してきました。真理を愛し人情を篤くする徳、個性を尊重し一人一人を大切にする精神、広い視野をもって世界を捉える力、これらを[…]

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大学ジャーナルオンライン編集部

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